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新築一戸建て分譲の歴史

■バブル、そして崩壊 1988年~1992年

1988年から1990年までの3年間は15万戸前後となりました。バブルです。
土地の高騰が始まり、「土地は絶対下がらないという土地神話」の最後の時です。そのため競って、土地・住宅を購入しました。その背景として、銀行がお金をいくらでも貸してくれて、お金が世の中に余っていました。「借金は美徳」で「借金を多くする人が賢い人で成功者」であった時でもありました。
そのひとつとして「チバリーヒルズ」と言われる販売価格5億から15億という超高級分譲住宅が出現するなど、戸建分譲の価格が歴史上最も高い時期です。

1991年にバブル崩壊し、9万戸台となり、1969年以降で初めて10万戸割れとなりました。金融引き締めが行われ、不動産にお金が回らなくなり、買いたくても買えないという状況下になり、分譲するにも土地を買うお金がないといった状況となりました。株式も大きく下落し、このわずか5年間の間に多くの住宅企業が倒産しました。

■新旧交代期 1993年~1997年 平均13万8000戸

1993年には12万6927戸と、早い回復を見せました。これは、新旧交代によるものでパワービルダーと呼ばれる戸建専業企業の黎明期です。
バブル期に土地開発がしたくてもできなかった企業がバブル崩壊による傷みがなく、下がってきた土地を買い、販売価格を下げてきたので好調に契約となっていった時期です。

1994年から1997年までの3年間は14万戸前後と好調に推移しました。パワービルダーが支店の拡大などで、その業容を拡大していったためです。

ただ1995年に阪神神戸大震災がおきて、倒壊した住宅を目のあたりにしています。耐震基準を満たしていない住宅は売れなくなりました。3階建て以下の低層住宅においては、構造計算などが免除されていて、耐震性能が低いものも多くありました。それら耐震性能の低い木造住宅への不信感であふれました、そのため着工はしたものの売れない住宅が多くて、在庫がつみあがっていった時期です。その中、阪神大震災で倒壊しなかったプレハブ住宅や新耐震基準による住宅は好調に販売を伸ばしました。

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